は自分で決めることが基本であり、決定に参画することが重要である、とされた上で、3つのキーワード−「自由と責任」決める自由も得るとともに責任も取る、−「現場」から見ることの重要性、−「多元性」どれだけの異なる人達を現場の決定に参画させるか−が課題であるとされました。
次に、木村知事は、地方分権により地域の競争など大競争の時代に入る、国と県、県と市町村の間で一定の期間、財源や権限などに関連しトラブルが多くなる、そして、国際化の中で文化的志向も問われる、との認識を示されました。
小坂町長からは、地方分権は、多様性というより価値観の混乱の時代につながり、行政は行政改革、文化改革が求められる、そのために役場CI、地域CIづくりに取り組んでいるとの発言がありました。新藤先生は、分権型社会の自治体は、今以上に格差が広がる、多様な素人の感覚をどれほど行政に取り入れられるかが重要である、そして、いつまでも地方は国に、住民は市町村に頼ってはならない、自分達のことを自ら
決める気構えが重要であると指摘されました。
大道寺氏は、明治以来の中央集権体制が、住等問題やエイズ問題に示されるように、変化に対応できなくなっているにもかかわらず、予算等で中央に振り回されている現状変革せねばならない、とするとともに、国を一つの船に例え、国民は等しく同じサービスを受ける権利がある、ということを新幹線の整備とも関連して強調されました。
(2)国家プロジェクトをめぐる国と地方の関係、県と市町村の関係
木村知事は、放射性廃棄物運搬船の入港問題についての経験から、地方分権が進む中で、国家プロジェクトについても住民との話合いなど県の責任が一段と重くなると述べられましたが、さらに、複数のパネラーから、むつ小川原開発、高レベル放射性廃棄物貯蔵施設といった国家プロジェクトについて、住民への説明、現場の意見を聞くといった手続きの重要性が取り上げられました。
また、小坂町長が、権限委譲が県で留まり都道府県が第二の政府になるのではないか、市町村が分権で生き返れるのか不安であると発言されたのに対し、木村知事は、分権は、元来、市町村が基本であり、市町村の個性ある施策に県がついていく姿勢が必要と述べられました。
新藤先生は、分権が進めば、県は否応なしに広域自治体に変化すると述べられ、都市計画法のマスタープランづくり、地域保健法の保健所再編がその試金石になるとされました。
岩崎先生は、これまでの分権が県から市町村への権限委譲にとどまってきた経緯を踏まえ、今、国からいかに自由度を獲得するかに重点を置くべきであるとの指摘をされました。
(3)フロアーとの意見交換
フロアーからの、分権が進めば補助金が地方税に替わり地域格差が大きくなる、との発言に対し、新藤先生からは地域格差の意識、隣との横並び意識、平準化志向をやめない限り中央集権体制は残る、との指摘がされました。また県の権限を早く市町村に委譲してほしい、との意見に、木村知事は、積極的に進めたいとの考えを示されました。
(4)自治体、住民、コミュニティと分権について
小坂町長の、職員が変わらないと町も変わらない、職員のプロ意識をもっと磨きたいとの発言、そして木村知事からは分権の時代、国際化の時代を迎え、政治自身も変わらねばならない、住民参加が重要となり、住民投票にも関心を持っている旨の発言がありました。
一方、新藤先生からは、自治体も集権体制で楽をしてきた面がある、心置規制で職が守られてきた人もあるということを自省すべきである、との指摘が、また、岩崎先生からは、行政は、65歳以上を一律に高齢者と決める、あるいは、高齢者、障害者であれば施設へという単一的、直線的思考を改めるべきであるとの発言がありました。
締めくくりとしてコーディネーターの川島氏が、このフォーラムのキーワード、「現場主義」に基づき、地方分権を生活者の視点から考えていくべきであり、それは行政へのコミュニティの参加につながること、そして分権は遠く離れた所にあるのではなく、現実の政治・行政の中で、実践されるべきものであるとして、自治体の現場での努力の重要性を強調されました。
最後に、地方六団体を代表して全国知事会の砂子田事務総長の閉会あいさつによりフォーラムを終了しました。
地方分権の議論は、いよいよ地域、くらしに係わる具体的な事業のあり左進め方が問われる段階に来ています。
今回のフォーラムでは青森県での課題に即した議論をいただき、参加者の皆さんにも大いに関心を持っていただけたと思います。今後、地方自治体への厳しい指摘も含め、多くのご意見をいただき、分権に向けた、地域からの大きな流れをつくり出してまいりたいと考えておりますので、皆様の一層のご理解とご協力をお願いいたします。
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